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命の大切さ、人生『長文』

僕は今から7年前、腎臓癌と診断されて右の腎臓を全摘しました。
知り合いの同じ年頃のお客様がいらっしゃいまして、その方が胃癌になり、自分自身も心配になって病院へ検査に行った事がきっかけでした。
「なんで俺が…なんで」これが素直な感想でした。
次に思った事が「死」ということです。
「死んでしまう」…その恐怖です。
生まれて初めて「死と向き合う」のです。
リアルに。
僕は自分の親にも、子供にも診断結果を伝えることができませんでした。
大切な友人にだけ、病名を伝えました。
涙が溢れ出て、辛くて悲しくて怖くて。
眠れない日々が続きました。
いよいよ手術という時、自分の子供にも診断結果と手術のことを伝え、病院へ行きました。
病院に入院してから検査が2日あり、その後に手術です。
入院してからずっと考えました。
「命」についてです。
もしもの事を考えてしまいます。
もしも、もしも、もしも…
手術の前日、家族宛と友人宛と子供宛に「遺言書」を書きました。
書いてる途中、何度も何度も涙が溢れ出て、手紙を濡らしてしまいます。
病室は2人部屋だったんですが、隣の方が気を使い病室を出て行かれます。
僕の泣いている嗚咽が聞こえたのでしょう。
気を使って病室を出て行かれました。
手術前日の夜、色々な書面に署名をお願いされます。
麻酔の事、手術で腹腔鏡手術がダメな場合、開腹手術に切り替わる事、その場合は傷口が20cmになる事…云々。
改めて恐怖がよぎります。怖い、本当に怖い。
手術当日、友人や子供が病院へ駆けつけて見守ってくれました。
手術は右の腎臓を全摘と胆石の切除の為、胆のうを全摘。
手術時間は、13時間をはるかに超えていたそうです。
手術後、集中治療室へ運ばれます。
麻酔から目が覚めた時、友人と子供の顔がはっきり見えました。
「生きている」俺は「生きている」
麻酔で顔が腫れ上がり、足には血栓を予防する為の器具、体からは管が何本か繋がれています。
それでも「生きています」
集中治療室を出て、自分の病室へ帰れたのは手術後5時間が経過していました。
看護師さんが病室に来て、「歩きましょう」とおっしゃり、肩を貸してくれます。
「ゆっくりでいいですよ」看護師さんが声をかけてくださいます。
僕は生きている事を確かめるように、何周も何周も病室周りを歩きました。
入院している間、友人や子供が毎日のように見舞いに来てくれます。
手術してから3日後、自分の親に電話をかけて病名を告げました。
親には心配をかけたくなかったから、明るい声で伝えます。
「俺、腎臓癌やねん」
親は「えっ何でや、何でなんや?」
電話口からは悲鳴のような、なんとも言えない声が聞こえてきます。
「大丈夫やから。もう手術して全部取ってもらったから」
この時の気持ちは一生、忘れる事はないでしょう。
手術してから1週間後、摘出した腎臓癌の詳細が担当医師から報告されます。
癌のグレードは普通の癌。進行性のある癌ではない。
ステージは初期Cの1B。
全摘して、他に転移等は見当たらない。
担当医師は手術後から毎日、病室へ顔を出してくれ、声をかけてくださいました。毎日、朝と昼と夜と。
多分、メンタル面でのフォローだと思われますが、常に声をかけてくださいました。
手術後14日で、退院になりました。
会計を済ませ、病室を出る時にお世話になった看護師さんから「退院、おめでとう」沢山の方々からおっしゃって頂きました。
病院を出た時、涙が溢れ出てきました。
生きている事を確かめるように、外の空気を吸って、周りの景色を見て、自分の足で歩きます。
この日の事も、一生忘れないと思います。
腎臓癌と診断されてからの自分。
手術するまでの気持ち。
手術後の自分。
友人や子供との会話。
親との会話。
退院の時の気持ち。

病気になった事で、改めてわかった事が沢山あります。
命の大切さ、人生の事、家族や友人の事…人との関わりや関係。

でも、癌の恐怖はこれからも続くんです。

つづく